嫁入り道具に購入した訪問着

私の祖父母は女の子の孫の成人式には振り袖をプレゼントしてくれるという決め事を作っていました。

一生に一度の特別な日に着る物だし、自分達が死んだ後もずっと残る物だからと考えていたようです。
ついに私も成人式を迎えるコトになり、いくつかお店をまわって一目惚れした振り袖を見つけました。

気に入った物でなら金額は気にしなくていいという言葉に甘え、お気に入りの振り袖をプレゼントしてもらいました。

成人式当日、ウキウキして会場に行ったのを覚えています。
また就職してからは職場の先輩の結婚式にも着ていきました。

先輩からは会場が華やかになったと感謝されました。

みんなにはとても褒められ、今でも時々職場で話題に出る程です。
大好きな祖父母に買ってもらった振り袖は今でも宝物で、成人式の写真を見る度に元気だった頃の2人を思い出します。

ゆくゆくは袖を詰めて一生着れるようにしようと考えています。
粋なプレゼントをしてくれた祖父母にはとても感謝しています。

現代ではなかなか嫁入り道具を用意する機会は少なくなったと思います。
私自信結納をするつもりもなく、家具や家電なども折半で用意する予定でした。

ところが義母から突然我が家はお葬式等着物なので着物の喪服を準備するように言われました。

結納金など頂いてなかったため少し戸惑いましたが、いずれはいるものとして準備することにしました。

家紋の入った喪服を仕立てる際に着物屋さんに喪服を用意しろということは、訪問着も1枚くらいは用意した方がいいですよと勧められ、結局訪問着も購入することとなりました。

その時にネットで申し込める着物買取に出しました。

値段は差ほど高いものではありませんが、淡い紫色の着物で20代で着ても40代で着ても、いくつになっても着られるような着物にすることにしました。

着物なんて着る機会はそこまでないだろうと思っていましたが、この訪問着が今はとても活躍しています。

友人の結婚式や、出産した後子供のお宮参りなど着る機会は意外と多くあります。

結婚式などドレスだと同じドレスを着ていくのは少し気がひけますが、着物ならばそれも気になることもありませんし、友人の結婚式に着物で参列すると華やかな雰囲気になるので新郎新婦の親族などに喜ばれるとも聞きます。

これからも子供の入園なども催事にも活躍することを多いに期待しています。

ちなみに私は22年前に結婚しました。
父が他界し母のみとなってしまった我が家でしたが、婚礼ダンスから訪問着、一つ紋、喪服まで恥ずかしくないように一通りそろえてくれました。

娘のお宮参りには訪問着を着、親戚の結婚式には一つ紋を着て出席しました。

母が見立てて作ってくれた着物を着て行事に出席できたことをうれしく思います。

最近では、結婚式自体挙げる人たちが減ってしまい、着物を着て出かけることもなくなってしまいました。

着付け代クリーニング代を考えると、着物を着ることを考えてしまいます。
せっかく母に作ってもらった着物ですが、タンスの肥やしになってしまいそうです。

日本人として生まれたからには、着物を着て出かける機会を増やしたいとは思っているのですが、なかなかそうもいかないですね。
成人式に作ってもらった振袖は、私の娘が着てくれました。

帯と帯揚げを見て、24年前にこの着物を作ってもらえたのは、すごいですね。今そのまま使ってもお洒落ですよと重ね襟と帯締めを変えるだけで成人式に着ることが出来ました。

着物は洋服と違い、何年たっても着ることが出来ます。
だから、大事に何年たっても着ることが出来る素晴らしい着物を購入してくれた親に感謝します。

赤いおべべ

子どもの頃は、毎年お正月に親戚の家に集まるのがお決まりでした。
そこは母の実家で、母の兄弟とその家族が広い居間に集まり、お節料理を食べたり百人一首をしたりといかにもお正月らしい過ごし方をしていました。

当時はお正月と言えば着物を着せてもらえるのが楽しみで、子どもだったころの自分も母も、お正月には着物姿でした。いとこたちも女の子は着物で集まりました。とても華やかな雰囲気で、その日のために髪を伸ばして結ってもらったことを覚えています。

何人もいた女の子のいとこたち、自分もふくめて全員の着物はすべてひとりの伯母の見立てでした。この子は黄色、この子は紫と個性に合わせ、ぴったりな色と柄の着物を作ってくれたのです。

私はいつも赤でした。いちばん小さいから赤色の着物なので、大きくなったらほかのいとこと同じように違う色の着物を作ってもらえると思っていましたが、中学生になっても着物は赤でした。

それは私に似合う色だったからでしょう。伯母の見立てはほんとうに大したもので、どの子もとても良く似合っていました。着付けも上手で、伯母に任せていれば安心とみな思っていたものです。

今はお正月でも着物を着ることはなくなってしまいましたが、あのころの写真にはそれぞれ似合いの着物で笑ういとこたちが並んでいます。

人のしゃべり方を見ていると

早口ではなく、説明は的確にわかりやすく、とても合理的な話し方をする人をみていて、これが職業柄と言うものなのだな、と思います。

私のように技能系だと、言葉は上手く出てきません。言葉で表すのではなく、技で勝負するタイプですから、腕に物を言わせる分でも、口に言わせるのは苦手なのです。

しゃべり方というのは、話し方教室と言うのが昔あったのを思い出すのですが、その人を人にどのように見せたいかを考える時にも必要なある種の技で、物づくりではないにしろ、職人芸、話芸と言えるものであると思われます。

口から生まれたような子だね、と親は、私の兄弟のことを言いますが、私は兄弟のように、上手く物が言えません。

口下手は損だと小さい頃から思っていました。友人は、おしゃべりが得意で、明るく、先生にも信頼され、私は、暗い、しゃべらない、目立たない生徒で、やっぱり友人は得をしていたと思います。

痛まない、ゆるふわカールの作り方。

最近、髪を巻くのにはまっています。

ストレートですぐにぺっちゃんこになるので、ロングにしてもあまり決まらないので、いつも伸びるとすぐに切ってしまっていたのですが、最近うまく巻けるようになってきて、すごく楽しいんです。

髪を巻くのって、アイロンで巻くイメージがありますが、そうすると絶対に髪が傷むのでしていません。

お風呂から上がって髪を乾かしたら、すぐに普通のローラーで巻くんです。そこにドライヤーで熱風をかけてあげて、今度はすぐに冷風をかけてあげます。

そして、そのまま寝るまでの1~2時間ぐらい放置して、寝るときにはずして寝るだけ。

次の日もしっかりカールが残って、ゆるふわカールの出来上がり。夕方になれば多少はカールも無くなりますが、ふわふわ感はずっとあります。

髪も痛まないですし、このやり方で毎日カールをつくっています。ツヤのあるゆるふわはとても可愛いです。

2泊3日で北海道旅行に行く

先日は大学時代の友人とで2泊3日で北海道旅行に行きました。
そして、初日はスノーボードをしました。

実はスノーボードは人生初挑戦で、費用は高めでしたが、午前中はプライベートレッスンを受けることにしました。

教えてくれたインストラクターさんは、私より2つほど年下の美人でステキな女性の方でした。

そのインストラクターさんのおかげで、まだまだ下手くそですが、スノーボードができるようになりました。

午後からはゴンドラでルスツの山へいき、職場仲間とスノーボードをみっちり練習しましたが何回も転倒しました。
2日目は最終日で、札幌のすすきの観光に行く事にしました。

蟹やジンギスカンやら、本当に北海道は美味しいもので溢れかえっていました。
そして帰宅の日である最終日は天候不良でした。

大雪でなかなか飛行機が来なくてかなり遅くはなりましたが、なんとか新千歳空港から関西国際空港に辿り着き、自宅へと帰る事ができました。

目標を忘れずに頑張ろう

私の今年の目標は初めての海外旅行を達成することです。

そのために英語の勉強とスマホの導入を決めたのですが、ついつい手段が目的になるみたいな、わき道にそれるような・・・ようするに集中力がないということですね。

英語の勉強は英単語の暗記と英語CDの聴き取りですが、最近はルーチンワークになっているなと感じています。

これは良くないなと思いますが、どうするべきか悩むところ。
もっとがむしゃらにやったら効果あるのだと思いますが中々そうはいかず。

スマホは買ったはいいけど今はゲームに夢中になっています。
いやいや、これもひとつのリサーチなんだ、ビジネスに必要なのだ、ということにしておく(笑)

どうするべきかなんて簡単でこの両者を海外旅行仕様にすればいいのですよね。

どちらも海外旅行のためだという意識でやる、スマホで英語を学ぶ、みたいな。
旅行も英語もそれようの無料アプリがあります。

でもやっぱりゲーム面白い(笑)
なので切りの良いところまでやってからそれらをします(こりゃアカン(汗)

壮絶、ビンボー体験

今は人並みの生活をさせて頂いていますが、昔はかなりの貧乏でした。
もともとは父親が社長をやっていて、裕福な生活をしていました。

あの頃は本当に楽しかったです。
家族中が笑って暮らしていました。
しかし、突然の転落。

父親が大借金を残して、逃亡したのです。
そこからは苦労の連続でした。
毎日白米くらいしか食べるものがなく、家族中も暗かったです。
弟が一人いたんです。

勉強もできて快活な人間でした。
しかし、父親の蒸発後は暗くなってしまいました。
大学もいけずに苦労しているようです。
今では家族の誰とも連絡はありません。

バラバラになってしまったんです。
これは精神的に辛いです。

でも、今は結婚もしてまともに仕事もできているので幸せですね。
このまま平穏に暮らしたいです。
父親の行方はいまだ知れません。

今いったいどこでどうしているのかもわかりません。
でも、それでいいんです。